時代は変われど簿記はある

会計に関する資格は色々とありますが、頭にぱっと浮かぶのは、「簿記」ではありませんか?
簿記は公認会計士、税理士などの会計系資格の基礎であり、ビジネスでお金のやり取りをするうえでの基本的な考え方を学べます。帳簿をつけお金のやり取りを明確にすることが簿記です。簿記の歴史は古く、昔より人々はお金のやり取りの帳簿をつけていました。今回は簿記の歴史にスポットを当ててみました。

簿記の歴史

簿記の歴史は古く、古代ローマ時代の彫刻に、商業帳簿が彫られています。また、紀元前1700年代頃のハンムラビ法典(バビロニア王国(現在のイラク南部)のハンムラビ王が制定)にも、簿記の起源になるような記述があると言われています。
ハンムラビ法典といえば世界史の授業でも習いました。メソポタミア文明のくだりで、なんとなく聞いたことがあるという方は多いかと思いますが、有名なのが、「目には目を、歯に歯を」のフレーズ。これは、近代の刑法にも影響を与えた重要な規定になります。
このハンムラビ法典には、刑罰に関すること以外にも、現在の商法に通じる記載があり、「財務報告書を「超自然的支配者」(=為政者?)に提出しなければならない」とあります。
財務報告を提出しないといけないとあるので、おそらく財務に関する記録の方法等が、当時からあったのだと思います。
これら古代の文明でも、簿記は存在していましたが、現在使われている「複式簿記」とは違い、物品や貨幣の出し入れを記入するだけの、「単式簿記」でした。

「複式簿記」を簡単に言うと、すべての取引を「資産」「負債」「資本」「収益」「費用」の5つの勘定に分類し、それを資産と負債に分けることによって損益を導くものになり、そのやり取りを記入するものになります。
この複式簿記は、14~15世紀にかけてのヴェネツィア商人が、各地から仕入れてきた商品を売買するにあたり、複雑な取引を整理する方法として使われるようになったようです。
現在の簿記の仕組みは、この頃の複式簿記とほぼ同じ仕組みだそうです。

日本にこの複式簿記が伝わったのは明治6年。福澤諭吉がアメリカの簿記教科書を翻訳し、日本初の簿記書である『帳合の法』を刊行。以降、次第に複式簿記が広まったと言われています。
それ以前の日本では、複式簿記は使われておらず、「大福帳」と呼ばれる、1日ごとの金銭出納帳(時代劇でよく見る細長い半紙の束)が使われていました。この帳簿に、収入支出を分けずに、その日の時系列ごとに相手、内容、金額を記入していたようです。江戸時代の後期になると、三井、鴻池といった豪商では、複式簿記のような仕組みの帳簿を使っていたようです。

このように、簿記は、歴史的にも古くからありますが、世界経済が発展する中で、適合していける会計の概念を取り込みながら今日に至ります。
簿記検定は、あくまで簿記に関する基礎知識、実務、計算の能力を測る検定でありますが、簿記自体の歴史を調べると、その時代時代によって商取引がわかりやすいように、工夫されてきたんだなと感じます。

今回の話で、簿記に興味を持ったアナタ。
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親指

デキルニンに参画してから、めっきり体重が増加。 首がなくなり、嫁からは親指といわれる。 「俺でもわかる!」をモットーに、親指自身が読んで理解できる易しい記事を執筆します。